【水中写真家 中村宏治氏 伊原間の海を語る】

 30数年前、僕が初めて石垣島を訪れた頃、石垣島北部の海はアクセス方法が殆ど無い、外来者にとって遠い存在であった。

 師匠の益田一先生と吹通川の河口部で1日中泥にまみれてシオマネキやトビハゼを撮影したり、浦底湾の干潟に群れるミナミコメツキガニの数の多さに腰を抜かしたりした記憶はあるが、潜ったのはもっぱら石西礁湖周辺であった。

今回、G-Freeダイビングサービスの林さんの案内で、初めて石垣北部海域のサンゴ礁を潜るチャンスに恵まれた。サンゴは撮影の被写体としては,出来不出来がその時の天候に左右されやすく、また大自然が完成した造形美をどのようにして切り撮るかと言う問題を抱えた悩ましい奴だ。正直を言って、あまり期待をしていなかった


だが、そんな斜めに構えた僕のサンゴに対する先入観を、健康美に輝く北部サンゴ礁は根底から書き直してくれた。
特に伊原間の「サンゴの谷」は、ある意味でショッキングなサンゴ体験ともいえるだろう。

案内され、リーフ内の深み「サンゴの谷」に泳ぎ込んでいく時、「ムムッ・・これは・・・」と海底の雰囲気が変化するのを感じた。

サンゴの谷」をもうちょっと詳しく説明すると、リーフ内の波の静かなところにある深みで、外洋から押し寄せてくる新鮮な海水はふんだんに供給されるが、台風などで引き起こされる大きな波からは完全に守られたサンゴの聖域なのだ。

この静謐の中で時は滑ったりせず、1秒が1秒の質量を保ちユックリと流れている。V字渓谷の両斜面は様々な種類のサンゴで覆い尽くされていた。
僕は足ヒレの置き場もない、密集と調和の海底を目の前にして、ここはサンゴの「聖域」と言うより、林さんの愛情に磨かれた「聖地」である事に気付いた。まだこの地を訪れた事のないダイバーたちには「伊原間のサンゴの谷を見てから死ね」と伝えたいね。